長堀通り沿いを車で走ってます。今回で15回目です。本日から玉造と呼ばれる界隈へ参ります。
大阪人が玉造と呼んでいるところは大阪市中央区の玉造と天王寺区の玉造本町とか玉造元町という地域です。二つの区にまたがっていますね。
上の写真の道が長堀通りです。まっすぐ奥に高架見えますか?あの高架がJR玉造駅の高架です。
この写真の向かって左が中央区の玉造、右手側が天王寺区の玉造本町や玉造元町がある地域です。
地名からもわかると思いますが、勾玉を作る玉造部がこの地に置かれました。も、ずつとずっと昔の話ですよ。八尾にも勾玉を作る地域があったようで交流があったそうです。八尾市の勾玉づくりのシンボル的な存在が玉祖神社です。以前記事にしました。
また、豊臣秀吉の時代になると大阪城の敷地がこの辺りを含むことになり、豊臣家の重臣、宇喜多や前田家の屋敷があったそうですよ。
現在は居住地でもあり会社もあるビジネス地区でもあります。また、大阪の文教地区でもあり学校がたくさんあります。加えて、キリスト教の布教拠点のもなりましたので、教会やミッション系の学校が多いですかね。戦前戦中を通して、大阪城に陸軍の砲兵工廠が大阪城に設置されていて、玉造も大阪城から近いことから、そこで働く人々がたくさん住んでいたと考えられます。したがって、町全体の雰囲気は今も庶民的ですよね。これは、私の意見ですが。
次週はJR玉造駅の近辺に参ります。
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