解答:(ウ)
解説:
40年ぐらい前の話ですが、当時の大阪では今と変わりなく家庭のゴタゴタは当然のごとく存在しておりました。今じゃ、同世代の友人や、それこそ専門家に相談しに行くらしいですが、昔は近所のおばちゃんというよりはおばぁちゃんとこ行って相談したんちゃうかな。まだ、近所の絆強かったからな。
そんな、おばあちゃんは若い人の悩みを聞いて、最後どうしょうもないなと思たら、「あんさん、もう別れなはれ」と直球で言うてたみたいや。わし、まだ子供やったからよう別れへんけど。さすが、大阪のおばちゃん。
このフレーズは大阪という町の雰囲気を伝えるためによく用いられたのだと思います。ま、ここのフレーズのようにはっきりモノ言う人が大勢いたことも確かですな。一見、何でもズケズケ言うみたいに他府県の人は思うかも知れませんが、それが大阪のざっくばらんさや人間関係の深さとかにつながってたと思うんですが。最近は、だいぶんと事情が変わったきましたな~😟
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コメント
ラジオの人生相談、誰やったか名前が出てこん。
「こんなん出ましたけど」とか「お父ちゃんがね」とか、元気なおばちゃんがいましたね。
最近はAMラジオを聞かなくなりました。
TVも殆ど録画でCM跳ばしてみてるか、寝起きに画面左上の時間を見る程度。
ニュースは大体ネットで各紙のヘッドラインから。
そこで思い出したのが、紙による情報伝達が何れ無くなると言われた頃があったなぁと。
でも当時は取説とか、膨大な活字を読まないと使いこなせなくて、皮肉な話だったんですがね。
で、現在は取り敢えず我が家から新聞紙が消えましたとさ。
「うちのお父ちゃんがね」言うんは大屋政子さんですよね。懐かしいですな。
「融 紅鸞(とおる こうらん)」!
調べたら月亭可朝も「あんさん別れなはれ」って歌を出してたんですね。
は~、もしかしたら「あんた、わかれなはれ」言うんは月亭可朝が流行らしたかもしれませんね。