大丸 関西の老舗百貨店 -大阪企業列伝-

 今日は大丸百貨店について話そうか。現在は松坂屋と合併してJ.フロント リテイリング株式会社の傘下になっています。また、2010年には松坂屋を存続会社にして、大丸を吸収合併した形で、大丸松坂屋株式会社が発足しています。同社はJ.フロント リテイリング株式会社完全子会社です。これにより株式会社大丸は解散です…😭 また、大丸は大阪を、松坂屋は名古屋を地盤にしていたため、本拠地は中をとって東京にとあいなりました😟😟 中をとるて…😅

 大阪のの字もでてけえへんな~😖 別に合併なんかせんと大阪で気ぃよ~商いしてたらよかったのに、思う大阪人も多かろう。ま、しかしや、百貨店業界も苦し~てな。合併して存続せざるをえんこともあります。大丸・松坂屋はその一例ですわな。阪急と阪神もひっついたでしょ。それでも、大丸松坂屋の幹部クラスは大丸出身者が占めているようですよ。

 しかし、まだ大阪や京都には大丸ちゅう名前の百貨店が存在しています。何もなっかたかのように、いまでも大阪では心斎橋と梅田にございますよ。この百貨店の歴史は古いよ。始祖は下村彦右衛門と言います。1717年に京都の伏見に店を構えます。これが大丸の始まりとされています。創設者の企業理念は「先義後利」です。意味するところは「義を優先して、お客様並びに社会のために尽くせ。そうすれば利益は必ずついてくる」ということです。えらい👍 わたいが子供のときはそういう商人をテーマにしたドラマとかようけあったように思うけどな この義を尊ぶ精神こそが大丸が大きなお店となった源であろうと思われます。また、彦右衛門は客に上下の区別をつけないよう従業員には徹底していたようです。偉いですね~‼しかしこれも、私が子供の頃は、「1円の買いもんでお客はお客じゃ!感謝せんかい!」というようなセリフは大阪ではどこからでも聞こえたけどな。「お客様は神様」やで!このセリフも、一時大阪ではよ~流行りましたはわ。かつての大阪がいかに商売好きやったかが分かるやろ。商都というよりみんな商売が好きやったと思います。この国の大部分の人間がええ大学出て、ええ会社就職する(サラリーマン化)ことのみを目標にしているのだが、大阪の人間の多くはどんな商売しょうかなと考えて大きくなる。少なくとも、私らが子供の時分は。

 ま、話それたけれども、そんな大阪に、この京都の呉服屋が進出してまいります。ときに享保11年と言いますから、1726
年のことでございます。江戸中期の出来事でございますな。江戸時代のエピソードをもう一つ。大塩平八郎の乱は知ってるな。簡単に言うと私利私欲に走る豪商に天誅を加えようとしたんです。が、大丸だけは義商としてリストから外されたようですよ。

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