大阪を行く 堺東駅2 -南海高野線沿いを行く-

 南海高野線沿い、堺東駅の第2弾や。現在、堺は大阪府内で2番目に大きな市で政令指定都市となっています。堺と言えば、日本屈指の商業都市で会合衆により自治を行った街で有名ですわな。
 もともと堺とは境やそうです。何んの?摂津国、和泉国、そして河内国の境にあるから境→堺となっったようですよ。また、左海とも言うたそうです。そんなもんで実は堺と呼ばれる街はそれほど広範囲ではなかったと考えられます。
左堺灯篭
  (宿院交差点の灯篭)
以前、環濠クルーズの話ししたやろ。堺にある環濠、つまり堀ですが、これはもともと戦のために作られたようです。その後、この環濠を利用して貿易をするようになり、我々がイメージする商業都市・堺となっていったようですよ。商都になったきっかけは遣明船の寄港地となったことが大きいようですな。戦国時代、織田信長が堺に目を付けたころは、かなりの規模の街であったと想像されます。
 さて、その堺の観光スポットですが、ま、大体はチン電沿いに密集してると言うてええやろ。
堺観光地図

ちょっと見にくいかも知れませんが、黒い輪っかが5つほどついてるとこありまっしゃろ。これがチン電の駅です。この線路沿いの通りが観光のメインスポットやな。堺東からやったら、チャリで竹内街道ずっと西へ行く感じです。言うても、チャリやったら5分ぐらいですかね~。
竹之内街道 小森商店
  (竹内街道 小森商店という看板が見えます。有名なお店です。茶道具のお店です。)

 すと、大小路ちゅう交差点のところに出てきます。これを南北に走る幅の広い道路がチン電通り(ほんまは紀州街道)に当たります。これが、ほれ、地図で輪っかつけたとこですわ。ま、北へ上がっていくことをお勧めします。堺と言えば、やはり鉄砲鍛冶。屋敷が残っています。
鉄砲鍛冶
  (鉄砲鍛冶屋敷。ここは通常非公開。)
また、この近くに清学院という寺子屋もございます。最近まで、人が住んではったらしいですよ。堺の人は、やはり裕福やったんで、教育熱も高かったようですよ。
 清学院

 その他も、与謝野晶子の実家跡や千利休屋敷跡などございます。与謝野晶子はもちろん知ってるよな。有名な歌人で作家です。「君死にたまふことなかれ」はあまりにも有名でしょう。私のような学のない者でも知ってるで。実家は河内屋といって和菓子屋さんやったようです。聞くところによると、その店は堺東駅の方で昭和の50年代か60年代ぐらいまであったそうですよ。晶子の身内にあたる誰かがやってはったみたいや。
与謝野晶子
千利休屋敷跡
 (上・与謝野晶子実家跡 下・千利休屋敷跡)

 とりあえず、今日は観光スポット特集でした。

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