羽曳野界隈 その4 歴史が古い! ◆近鉄・南大阪線沿いを行く◆

 羽曳野ツアーその4でございます。本日は今までご紹介できなかった歴史的建造物や史跡をご紹介いたしましょう。まずはやっぱ、ここですかね?誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)です。
誉田八幡宮1
誉田八幡宮2
応神天皇陵の前にあります。欽明天皇の勅命で作られたようですよ。日本で最古の八幡宮とか。八幡宮が源氏の氏神であるということから武家に人気がありました。誉田という一族がいて長きにわたりこの神社を守っていましたが、三好氏により誉田氏より壊滅状態に。四国や九州に逃れたようです。誉田氏は応神天皇の末裔ですね。豊臣秀吉はここを保護したようですよ。
 続いて、西琳寺(さいりんじ)はどうでしょう?
西林寺1
西琳寺2
ここも古いお寺ですよ。7世紀前半の建立です。西文(かわちのふみ)氏といって、この辺りを本領とする有力渡来人のお寺です。西文氏の始祖は王仁(わに)やそうです。論語とか日本に持ってきた人ですよね。昔はもっと大きなお寺さんやったそうです。


 薄田隼人正兼相の墓はどうです?
薄田隼人墓
なかなか渋いでしょう。薄田隼人正は大坂の夏の陣で真田幸村や後藤又兵衛などとともに戦死した豊臣方の武将ですな。有名な武芸者ですよね。真田幸村ほどの華やかさはありませんが、大坂の陣では重要な位置にいた人ですよね。このお墓がある場所が、どうも隼人正が戦死した場所らしいです。
 野中寺も古いお寺ですよね。聖徳太子と蘇我馬子の建立らしいですよ。
野中寺
お染・久松の墓もあります。お染・久松の話は前にもしましたね。こちらをご覧ください。ま、古墳時代から江戸期そして現代へと歴史が感じられますね。近年、大阪では北摂地域がよく取り上げられ、どうも大阪の南河内の方は存在感が薄いような気はしますが、なかなかどうして歴史の舞台はやっぱこっちですよね。
 外国人に「大阪観光でいいところは?」と聞かれたら南河内をお薦めするのもよいですよね。
来週は羽曳野の名産物についての考えましょう。

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