みなさん、大阪がかつては日本の経済の中心(江戸時代とか明治時代とかの話)であったことは、日本史の授業で習いましたよね。ま、もちろん今の大阪市内にお店は構えとった商家が多いんですが。しかし、もともとの出自は堺であったり岸和田であったりと、様々でございます。ここしばらく街歩きのコーナーでは大阪南部を特集してます。今日は泉佐野の豪商のお話をば、いたしましょう。泉佐野には食野家(めしのけ)とか唐金家(からかねけ)というお家がありました。月曜日に長者の御利益石というものがあって、これは食野家の宅地跡から出てきたありがた~い石であることはご紹介させていただきました。
この食野家、そして唐金家は相当の豪商やったようです。本業は廻船問屋。わかりやす言うと、海運業。それだけやのうて商社の役割を果たすのが廻船業やろ。ご存じの通り、大阪は江戸時代は天下の台所いいましたから、色んな物資を集めるのも、全国にばらまくのも大阪商人の仕事。ここに廻船問屋の大いなる活躍が必要やったわけやな。これぞ、大阪人の得意技。つまり物流ですな。伊藤忠商事も丸紅も住友商事も大阪出身の会社です。現代までこの物流得意の伝統が続いてるような。
食野家・唐金家 泉佐野の豪商! -大阪企業列伝ー
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