梅田界隈12  北新地とその周辺  ー阪急京都線沿いを行くー

 先週と先々週の2回にわたり、大阪駅前第1-4ビルを行きましたな。今日はそのさらに南側を行きましょう↓
国道2号
この写真の左側に大阪駅前ビルが並んでいます。本日はその右手の方へ参ります。ま、いわゆる、キタの新地と呼ばれる場所ですわな。
新地の入口
新地3
新地2
ま、大阪最大の大人の社交場。芸能人もよく見かけれるようですよ。しかし、昼間行ってももろないわな。かというて、夜ここへ行ける人も限られてます。大阪の北新地について少しばかり説明しておきましょう。新地と名がつく限りは、かつては遊郭やったと思ってええやろ。現代人はそんなことも知らん人も多いかも知れんな。新地にはお酒や食事を出すお店もあったと思われます。かつての大阪商人(北浜とか淀屋橋近辺の商人)は北新地というか曽根崎新地ですよね、昔の呼び名は、ともかくここでお客さんの接待をらしいです。だから、今でも高級なクラブが多いのだとか。ま、昔から栄えた繁華街ですよね。ま、繁華街になるにはそれなりの理由があるのでございまして、急に降ってわいてきたわけではありませんわな。
 ただ、今では値段的には手ごろなチェーン店なども進出し、我々世代が持っている北新地=高い‼とは一概には言えないようです。これは明らかにバブル崩壊以降の日本経済低迷によるものだと考えられます。
 新地の近くに歴史スポットが二つばかりあります。一つは日本ビールの発祥の地らしいスポットです。
ビール発祥の地 三角州
国産ビール発祥の地 石碑
ビール醸造は横浜が先です。これは間違いないやろ。しかし日本人の手によって醸造された国産ビールはこの地によるものが日本初だと考えられています。渋谷庄三郎という方が明治5年ごろからこのあたりに醸造所を作り、販売したそうですよ。その名も渋谷ビールと言うそうです。
渋谷ビールのラベル
ま、新地のすぐ近所と言うか、新地内と言ってええとこにありましたんやな~。きっと北新地は渋谷ビールのかなりの消費地やったことでしょう😀


 それら北新地より少し南に下ったところに、堂島米市場の跡があります。とっても、建物とかあるんではなくて、今では石碑があるだけですが↓
米市場銅像
いわゆる、先物取引の制度を取り入れた米市場ですわな。世界初の先物取引所ですよ。近年、大阪の地位が段々低下してるようやけど、大阪人はもっと大阪の歴史を知ってこの地が日本という国の発展に大きく貢献してきたということを誇りに思わなあかん。たこ焼きや串カツが決して大阪を代表するものではなかでな~‼
 と、ボヤキはこのへんにしましょ😀 この写真の上の方、見てみて。高速の高架写ってんのわかる?この下、川でな、確かこのあたりは堂島川。同じ川でも場所によって名前違うねん。もうちょっと下流のほうやと安治川に名前変わる。この川より南、つまりこの写真でいうたら奥の方へ行くと、淀屋橋というところになります。隣接してるのは北浜とか土佐堀とかですね淀屋橋からは、また違う文化になってると思うですが。人によったら北新地より南は梅田界隈とは思ってないと言いますが。
 大阪人の皆さんどう思いますか?いずれにせよ、ここまで来ると梅田界隈も、もうネタ切れになりますが、もう少しこの梅田界隈でお付き合いください。
 次週は老松町界隈に参ります。

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