国道1号線沿いを行く 南森町2 大塩平八郎の足跡をたどる ー車で行こうー

前回の「車で行こう!」は南森町界隈を訪れました。本日は南森町第2弾でございます。
南森町と言えば大塩平八郎と縁が深いですかね。そこで本日は「大塩平八郎の足跡をたどる」を
中心に、南森町周辺の企業のどの紹介をしていきたいともいます。
大塩平八郎は知ってるな?簡単に言うと、正義のヒーローですかね。ま、天保の大飢饉がきっかけで庶民が苦しむのを見て、元大坂東町奉行所の与力でありながら役人や豪商相手に挙兵した。これを大塩平八郎の乱という。この乱により大坂の5分の1が焼け落ちたそうですよ。時に1837年2月19日のことでした。
そんなわけで、大塩平八郎ゆかりの地を梅田から南森町方面へ向かった順にご紹介しましょう。
まずは成正寺です。

ここには大塩平八郎と息子(養子)の格之助のお墓があります。

今も絶えずお花が添えられています。

蓮興寺です。ここは大塩家代々の菩提寺です。成正寺とこの蓮興寺は隣同士です。

この辺りは与力町とか同心町という地名のところです。かつては奉行所の与力や同心のおうちがたくさん並んでいたんでしょうな。

川崎東照宮跡です。今は滝川小学校という学校になっています。ここで乱の日に同志一同集合したようです。
次は大阪造幣局内にある洗心洞跡です。
石碑しか残っていませんが、与力をやめた平八郎はここに陽明学を教える塾を作りました。大塩の邸宅の中です。

洗心洞跡近くに与力役門が残っています。中嶋家という天満与力の役宅門だそうです。

槐跡です。乱のとき樹齢200年の槐(アカシアによく似た木)の木が砲撃によって枯れたそうです。その場所に石碑が立っています。
とまぁ、こんな感じですかね。石碑が多いですが、大塩ファンにとってはたまらいなでしょう。

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