難波周辺レポート19 アメリカ村 -南海高野線沿いを行く-

 今日は若者の街、アメリカ村へ参りましょう。先週参りましたヨーロッパ通りから、御堂筋を渡って西側の地域です。以前は炭屋町。現在は西心斎橋と呼ばれています。
アメムラ1
写真中央の道(赤信号)沿いに奥に広がる地域がアメリカ村、通称アメ村と言われるところです。
アメムラ2
ここの歴史は、そうですね~。1960年代後半ですかね。そう考えれば50年ちょいですか。当時は倉庫、主に材木の倉庫とか駐車場とかそれと普通の民家がある地域やったそうです。ま、立売堀近いですから材木商の人たちが倉庫借りてたんでしょう。
 そこへ、日限萬利子という地元の実業家がLOOPという喫茶店を始めます。それが1969年のことです。それを契機に若者を中心に人があつまり、当時では貴重だったアメリカのサーフィン関連の商品、雑貨、古着、そして中古レコードなどを売る店ができます。そういったいきさつから、ここをアメリカ村と呼ぼうということになって、現在のアメリカ村の原形ができたと考えられます。そして、忘れてはならないのは、VANというブランドです。知ってるか?60年代とか日本を一世風靡したブランドですよ。アメリカの東海岸にある名門大学グループをアイビーリーグと言います。そこに通う学生たちが好んで着るようなファッションというイメージからVANの商品はアイビーファッションと呼ばれていました。このVANの前身は石津商店と言いまして、アメ村に本社がございました。大阪発祥?と言うだけでなんかコテコテの色使いの派手な服とお思いでしょうが、全然。私の知る限りではすごくシックな感じでしたよ。ある一定の年齢以上の人ならアイビーファッション言うたらピンとくるでしょうが、今の若い人にわな~。ま、横浜とか神戸とかに合いますかね。そう言えば、イメージできるか。


 ま、私の世代がアメ村に出没するようになるのは80年代半ばです。この頃はすでに、アメ村言うたら若い人が集まる場所という感じでしたね。日航ホテルなんかもこのエリアにできて、一層拍車がかかったように思います。80年代のアメ村はサーフィン関係のグッズとか中古レコードとかというよりは、アメリカのウエストコーストのファッションを扱う街みたいに覚えててるけどな。ウエストコーストのような雰囲気でしたから、行き交う人のファッションはカラフルだったと思いますよ。大阪の派手なファッションは実はアメ村から来てんちゃうかと思います。当時、一方でDCブランドいうのが大流行でな。こっちはシックな装いやで。しかし、このDCブランドの店はアメ村にはなく、御堂筋の向こう側の心斎橋筋商店街にあったBALとか心斎橋パルコとかがDCブランドの基地やった。アメ村ファッションとDC系のフッションの対照的なこと😀 なんか現代の大阪ファッションの原点のようなものがこのアメ村あるような気がするんですが。それとも、やっぱり、もともと大阪人は派手好きでその好みに合う街づくりをしはったんかな。ま、80年代とはそんな感じやった。ウエストコースみたいに、アメ村は夏がお似合いの街という印象があるのは私だけでしょうか?
 90年代、2000年代、そして2010年代と増々若者の街のように思えます。しかし、ここは今も健在ですね。
アメムラ4 三角公園
御津公園、通称三角公園です。アメ村の始めの一歩と考えられている喫茶LOOPはこの周りありました。いわば、アメ村とはこの公園を中心に広がった街なんですよ🤩 すごいですよね~‼
 私がアメ村によく行っていた時代は、まだ学校もこのありましたよ。小学校か中学校やったと思います。随分と変わったと思います。近年では強引な商売が有名なったり、麻薬に汚染されているとか人買い組織があり、夜中ウロウロしてると女の子は外国に売られるなどのうわさもありましたが、こんなんデマですよ😀 商売が強引な時代はちょっと前はほんとにあったようですが、今は大人しいものですよ。それから人買い組織とかほんまに都市伝説ですよ。家族連れの方や中高年の方もたくさんおられますし、おやじだけで行ってもおもろいよん😀

アメリカ村:http://americamura.jp/

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