歴史散歩:豊臣秀吉がつくった巨大インフラ「文禄堤」 ー車で行こうー

歴史探索

飛び飛びになっていますが、本日は「車で行こう!」です。現在は守口市をうろうろしています。目的地は、ちょっと渋めに文禄堤(ぶんろくづつみ)へ。

文禄堤は現在の大阪府枚方市から大阪市の北区長柄あたりまでの約27kmに存在した堤防です。当時の淀川は氾濫が多く、河内平野の人々は水害に悩まされていました。そこで秀吉は、毛利輝元・小早川隆景・吉川広家といった有力大名に命じて、淀川の大改修を実施。これを文禄堤と呼んでいます。現在は守口市にその一部残るだけです。
写真は文禄堤の断面部分。見ていると「え、これ数百年前?」と素直に驚かされます。土木技術、かなりレベル高いです。昔の日本人、ほんまによう考えてます。文禄堤の上は、のちに京街道(大坂街道)として整備され、 大阪と京都を結ぶ最短ルートになりました。つまり、 「堤防」+「高速道路」+「物流」 みたいな役割を果たしていたわけです。物流も人の往来もここを通ったため、経済や文化の交流にも大きく貢献したようですよ。
現在は新しい建物と昔の建物が混在していて、なかなか面白いところですよ。守口市と言えば、大阪市の隣でパナソニック、今はなくなりましたが三洋電機の城下町で、なんか忙しそうな町というイメージを持ってますが、この文禄堤は静かなところです。なんか、ここだけ別世界のような。時間の流れが、ふっと緩む感じがします。


高札場です。高札場とは幕府や藩が出した法令などを掲示する場ですね。現代風に言えば、政府の公式掲示板と言ったところですかね。この高札所はもちろんレプリカです。本物はもっと大きかったと思われます。場所もこの位置ではなかったと推測されます。しかし、これがあるだけで、宿場の雰囲気出ますよね。こういう“雰囲気装置”、大事ですよね。

文禄堤では有名な「Tea Room BUROKU文禄堤薩摩英国館」です。お昼はここでいただきました。

コメント

  1. 蕎麦は信州 より:

      「虫籠窓」見かけなくなりましたね。

     堺の友人の実家も立て替える前にはありました。

     住吉大社付近の熊野街道沿いも通る度に景色が変わって新しい建物に変わってて、虫籠窓も殆ど見かけなくなりました。

     何はともあれ、良いお歳をお迎えください。

    • osaka_taroh より:

      虫籠窓がついた家は、もう都心部ではほとんどありませんね。住吉大社の周りも減りましたか。まぁ、現代風のお家に建て替えられてますからね。